世界中から志願者が集まる大学で、
世界で活躍できる人財育成を 京都先端科学大学
(株)ニデック(旧社名・日本電産)の創業者・永守重信氏が理事長に就任しスタートを切った京都先端科学大学に注目が集まっている。同じ京都市内で玉井式の教材を手がける(株)タマイインベストメントエデュケーションズ代表の玉井満代氏がいち早く同大学の可能性に気づき、同社の全国研修大会にて紹介したのは本誌(2022年11月号)でも報じた通り。注目される先進的な取り組みを、学長の前田正史氏と副学長でもあり工学部長も兼務する田畑修氏にうかがった。
永守重信氏の「電気モータやロボットに特化した工学部を作りたい」との想い
京都先端科学大学 学長 前田 正史 氏
京都先端科学大学学長
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士
東京大学生産技術研究所教授、所長を経て、
2009年、東京大学理事・副学長就任
2015年、日本電産生産技術研究所初代所長を経て
2019年より現職
当大学の理事長でありニデックグループの創業者である永守重信は若い頃に大変苦労した人です。成績は良かったものの家庭の経済事情から高校進学を反対され、奨学金で工業高校と職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)を出ています。小学生の頃、理科の授業で作ったモータが褒められたことや職業訓練大学校での研究テーマにモータを選んだことをきっかけにモータの製造で起業し、世界一のモーターメーカーに育て上げました。
会社が成長するにつれ、一流と呼ばれる大学からも多くの学生が就職してきましたが、英文科卒でも英語ができない、経済経営系の学部卒でもバランスシートが読めない、工学部卒でもモータの仕組みを理解していない学生がたくさんいたそうです。恵まれて大学に行っているのに一体何をやっているのだ!と、既存の大学に教育改革案をいろいろ持ちかけたそうですが、制度全体の問題が立ちはだかりました。「大学を変えなければ日本は変わらない」との考えはいつしか「それなら自分で大学を作ろう!」「モータ専門の工学部を持つ大学を作りたい」との想いへと繋がります。
様々な条件・規制があり一から大学を作るのは一筋縄ではいきません。そこへ旧知の方から大学経営を依頼されました。大学設立への想いと多くの企業を経営した手腕を買われてのことでした。2018年に理事長に就任、翌年には京都先端科学大学と校名を改めます。2020年には工学部も設置しました。数々の大学改革を実施する傍ら、2021年には学校法人京都光楠学園と法人合併し、中学校と高等学校が当大学の附属校として加わりました。なぜ中学校と高等学校の経営に関わるのか。それは現在の教育が受験のためにチューニングされた教育だからです。多くの保護者が「偏差値の高い大学や有名大学へ行く」ことに固執しています。「将来はこれを学びたいからこの学部へ」「将来はこんなことをしたい」というモチベーションを持った人物を作るには中学や高校の段階から社会について広く学び、自分の将来について考える場を用意することが必要だからです。
理事長が大学再建を引き受けた当時、私は東京大学の理事・副学長でした。非常勤で日本電産(現ニデックグループ)の生産技術研究所を設立し、所長を務めていた縁から「工学部を設置したいので手伝って欲しい」と相談をうけました。当初は新大学幹部人事などもお手伝いしましたが、結果として私が学長も引き受けることになりました。理事長は「世界で求められる人財育成を実現する工学部の開設」を発表し「近い将来、世界大学ランキングで東大や京大を抜く」とも言っています。このランキングは教育環境や研究面、引用された論文数、産業界への貢献、外国人教育比率や外国人学生の比率などの国際性を総合的に評価するものです。2022年度の1位はイギリスのオックスフォード大学、2位はアメリカのハーバード大学とカリフォルニア工科大学で東京大学は35位、京都大学は61位です。以降、200位以内に日本の大学はないため、200位までに入ればそれで日本3位。まずは200位以内が目標です。受験偏差値で東大や京大を抜くのはかなりの時間を要するでしょうが、総合的な評価であれば日本のトップクラスを狙うことも可能です。経済学科に限ればすでに日本で37位に入りました。もちろん一筋縄ではいきません。相当な努力が必要です。
世界中の様々な国から学生も集まり、現在は世界40カ国から留学生を受け入れています。セメスター制を採用し、工学部の学生は9月入学を前提に入学試験は全て英語。授業も英語で行います。4月入学の日本人学生は日本語での入試ですが、英語での授業を受けながら、入学後半年は徹底して英語を学習します。日本はセキュリティや安全面、宗教上の問題も比較的少ないことから留学生を受け入れるマーケットとしてとても有望です。昨年はウクライナ人受け入れのため、急遽遠隔での入試を設定しました。1000名近い応募の中から、結果、20名ほどの優秀なウクライナの学生が来日し工学部で学んでいます。
留学生に対する英語での入試と授業を英語で行うことは理事長の中で絶対でした。ここはカリキュラム作成で非常に苦労したところです。全ての授業を英語で行うためには学生の英語力を相当鍛える必要があり、かなりのコストがかかります。また留学生の受け入れ事務、住居支援など、相当の負担があります。これらは理事長からの250億円近い寄付と、組織的には0から作る工学部の環境だから実現できたことだと思います。工学部は事実上の9月入学の工学部です。
自分の人生を設計するキャリア教育は1年生から正課で実施しています。このほか、語学を学ぶと同時にビジネス、デジタル、デザインなど様々なリテラシーについても学びます。自分のキャリアを設計できるよう、自分の好きなことを将来に繋げられるよう、選択肢が持てるよう様々な場を提供しています。工学部では3、4年次に企業の協力を得て実際のビジネス現場での課題にチームで取り組み「キャップストーンプロジェクト」を実施しています。企業の方々と一緒に実際の課題に取り組むので、〝究極のインターンシップ〟とも言えます。入学後に、このような実践力の形成に力を入れているため、入学時の総合成績にはあまりこだわりませんが、好奇心旺盛な学生は大歓迎です。
世界に類をみない唯一の工学部
京都先端科学大学 副学長・工学部長 田畑 修 氏
(株)タマイインベストメントエデュケーションズ 代表 玉井 満代 氏
京都先端科学大学副学長・工学部長
名古屋工業大学大学院修了後、1981 年に
トヨタグループの豊田中央研究所に入社
同大学院社会人博士課程で博士号を取得
1996年立命館大学理工学部助教授
2003年京都大学大学院工学研究科教授
2020年京都先端科学大学工学部長
2022年副学長兼任
田畑:在職していた京都大学大学院の工学研究科長経由で「工学部開設の手伝いをして欲しい」と話があり、永守理事長の想いに共感したことから学部長をお引き受けすることになりました。カリキュラム作成は2018年1月から主に学長と二人で進めました。「世界に類をみない唯一の工学部」と銘打った、演習を多く取り入れた講義,分野横断的な専門性、デザイン思考を実践させる実験実習科目群、さらに卒研を廃止し、代わりに企業の課題解決にチームで取組む本格的なPBLを3年生と4年生で実施する案を盛り込んだ基本構想は、2018年2月中旬、理事長から絶賛されました。
玉井:留学生が英語で受験できるのは理にかなっていると思います。
田畑:理事長の構想では留学生の受け入れは確定事項でした。ただ、カリキュラム作成の当初は全ての授業を英語で行うことまでは想定しておらず、学長に「日本語ができない留学生を受け入れて、英語だけで卒業できるようにしてくれ」と言われた際には「無理です!」と即答したほどです。教員は20名程度を想定。1つの講義を英語と日本語の両方で実施するには教員が足りません。頭を抱えていたあるとき、ふと入学時期の違いに気づきました。そうだ!ずらせばいいんだ!と。日本人は4月に入学してから徹底して英語を鍛え、9月入学の留学生と合流してから英語による座学の授業を開始することにしました。春学期は月曜から金曜まで90分を1日2コマ。1週間900分、15時間の英語漬けです。工学部でここまで英語を教えるところは他にありません。
玉井:「英語での授業」は永守さんの構想だそうですが、日本人学生も想定していたのでしょうか?また日本人学生の英語レベルは折り込み済みだったのでしょうか?
田畑:日本人と留学生の数は最初から半々くらいの想定です。日本人学生の入学時の英語レベルについては、理事長は全く考慮していないと思います。「必死に勉強すればできるようになる!」と。あくまで卒業時に実践的な英語を使えるようになっていれば良いのであって、入学時の英語レベルで意欲のある学生を選別するのは理事長の本意ではないからです。また、日本語ができない留学生も積極的に受け入れ、入学後に日本語を勉強させて、卒業後は日本の企業に入ってほしいという想いがあり、両方叶えるとなると「授業は英語で行う」に行き着きます。
本学が入学時の学力に重きを置いていないのは、入学後にしっかりと力を付けて卒業させるからです。10名の学習指導専任教員がいていつでも質問できることも特徴です。日本の大学でここまで丁寧に指導するところはないでしょう。正直、指導は大変です。数学と物理が必修で、2年生への進級要件を数学と物理の単位取得としているため、数学と物理が苦手な学生は、早い段階で留年が決まってしまいます。昨年はかなりの1年生が留年しました。できる限り留年しないように、1年の春学期には高校の数学と物理の単元ごとにテストをして弱点チェックを行い、復習クラスを作って弱点克服させるなど手厚くサポートしていますし、留年した学生には数学と物理の補習コースを用意し、フォローも欠かしません。
玉井:その他のカリキュラムはいかがですか?
田畑:春学期は週10コマの英語に加え、工学の最先端技術に触れる「デザイン基礎」と「スタートアップゼミ」が特徴です。「デザイン基礎」では、レゴのマインドストームを使った二足歩行ロボットや自律走行車の製作、ワンボードマイコンと電子部品を使ったシステム構築、スマートフォンのアプリの開発、の3コースから一つを選んで、自分達で考えたものを形にしていく喜びと達成感を味わってもらいます。Earlyexposure、すなわち入学後の早い時期に最先端技術に触れさせて、好奇心と向学心を刺激する狙いがあります。「スタートアップゼミ」では「解決すべき課題を見つけ、解決するためのアイデアを出し、アイデアを具現化して試行し、その結果を検証して再考する」という「デザイン思考」と呼ばれる問題解決の基本的なアプローチを学びます。課題は「京都に来る外国人をもっと増やすには?」や「プラスチックゴミを減らすには?」といったごく簡単なもので、課題を考えるところから始めます。デザイン基礎とスタートアップゼミはいずれも、4月に入学した日本人学生と前年の9月に入学した留学生がチームを組み、コミュニケーションも議論も英語で行います。実際に英語を使ってコミュニケーションさせ四苦八苦する経験をさせることが刺激になり、週900時間の英語学習の効果が絶対上がると考えました。たくさんの留学生がいる国際的な環境を活用しない手はありません。
3年と4年でそれぞれ9ヶ月に亘り実施するキャップストーンプロジェクトは従来の卒業研究に代わって実践力を追求するカリキュラムで、企業の協力を得てものづくり現場や社会の課題にチームで取り組みます。ピラミッドの完成時、頂点に乗せる石(=キャップストーン)にちなみ、学びの総仕上げとして実施されるプログラムのことで、多くのトップレベルの海外大学で4年生の選択科目として実施されています。3年生と4年生の2回、必修科目として実施する大学は米国のOlin 大学とシンガポールのSUTDぐらいでしょう。早くから企業や社会と接点を持ち、自ら考えて自律的な課題に取り組む機会を3年と4年の2度設けることで、学生達がより成長してくれると確信しています。
玉井:教室で先生の講義を聴くだけでなく、留学生や企業エンジニアと一緒に行う実践型の授業。世界40カ国もの国と地域から来ている友達もできる。最高の学び方ですね!来年3月に第1期生が卒業ですが、進路はどのようになっていますか?
田畑:1期生に昨年実施した進路希望調査では、進学希望が約2割でした。彼らは4年生になった時点でキャップストーンではなく研究室に配属しました。就職希望の学生は6月時点で7割以上が内定済みです。就職先は機械系、情報系、電気系と多様です。キャリア教育やキャップストーンを通して、入学後の早い時期から自らがやりたいと思うこと考えるように指導してきた結果、それぞれの学生が自分に合った業種を選んだと思います。留学生1期生の就職活動はこれからですが、ほとんどが日本での就職を希望しています。母国へ帰りたいと言っている学生はほとんどいません。ただ、留学生は秋に卒業することから、4月一括採用という日本の特殊な採用形態とは馴染みません。企業には9月採用や4月入社までの時間を無駄にしない機会提供をお願いし、外国人学生の就職に関する不安を取り除けるよう大学としてもサポートしています。
玉井:インドで玉井式を採用している名門私立学校からも留学生が来ていて驚きました。
田畑:インドの名門私立学校のみならず、他国からも優秀な留学生が来ています。例えばタイ全土から優秀な生徒が集まるKVIS。ここは日本を含め世界中の大学や大使館が現地に赴き説明会を開催するほどハイレベルな高校です。2022年9月、この高校から3名が入学しました。先日もKVISから当大学へ見学ツアーが来ました。本学工学部がどんな雰囲気で何が学べるか在学中の先輩に話を聞いてごらん、とアドバイスしておきました。
玉井:どんな学生に来て欲しいか、大学でどう育って欲しいか、育てる側の想いをお聞かせください。
田畑:受験勉強は短時間で一つの正解を出す必要があり、合う人と合わない人がいます。世の中には解が多数存在しますが、正解が一つだと教えられた受験勉強が得意な人は不安になるかもしれません。本学は、唯一無二の答えがあるわけではない中、自分の答えを探し出せる根気やタフさを持った人を受け入れたいのです。その人がどんなレベルであっても、その人が目指すもう数歩上のレベルまで引き上げたい。それができるような工学部でありたいと思っています。
現在の受験を軸にした物の見方を変えるため、一人ひとりの好奇心をもっと刺激して、刺激された好奇心を糧にして一人ひとりが自由に想像力・創造力を発揮していけるような自由度の高い社会になって欲しいと思っています。教育機関だけが変われば良いのではなく、出口にあたる企業や社会も変わらないといけません。それを変えないと日本全体が変わらないし、世界から取り残されます。今、留学生が日本に来るのは数十年前の日本の良い姿を見てくれているからで、これがいつまで続くかはわかりません。当初の想定よりゆっくりではあるものの、当大学の取り組みは必ず、確実に広がっていくでしょう。
見学に来られる方は「ここは教員と学生の距離が近い」とおっしゃいます。以前は研究以外のことを煩わしいとすら思っていた私ですが、今は学生との交流や大学のことを考える毎日を楽しんでいます。私が学生ならここで勉強したかったと思います。教育環境を改善するためのアイデアが次々と浮かび、それを実現するためにはいくら時間を使っても苦ではありません。これからも進化(深化)し続ける京都先端科学大学へどうぞお越しください。