全国塾長・職員研修大会 「教育経済学。エビデンス。塾への提言。『学力』の経済学」
全日本私塾教育ネットワーク(私塾ネット)は4月16日(日)、アルカディア市ヶ谷(東京都千代田区)にて「第15回全国塾長・職員研修大会」を開催した。全国の学習塾や私立中学・高等学校・大学・企業から約90名が参加。慶應義塾大学総合政策学部准教授/政策・メディア研究科委員の中室牧子氏を招き、「教育に科学的根拠を」と題して記念講演が行われた。
今後生き残れる企業は〝ときめき産業〟
はじめに私塾ネットセンター理事長の仲野十和田氏(ナカジュク)が次のように挨拶した。
「後進育成に心血を注いだ、故・碇優先生(碇塾)の精神は、弊社のスタッフたちにもしっかりと受け継がれています。碇先生との出会いがなかったら今ほど教える喜びを感じていなかった、と申しております。行徳哲男氏(日本BE研究所所長)の説によると、今後生き残れる企業は〝ときめき産業〟です。物品ではなく出逢った人にときめく、つまりその人自身を鍛えることがますます大切です。本日は大いにときめいて、様々な学びを持ち帰っていただければと思います」
来賓祝辞では、東京私立中学高等学校協会副会長・東京女子学園理事長の實吉幹夫氏が登壇した。
「次世代を生きる子どもたち、つまり未来からの留学生たちが生きるためにどんな力が必要か、皆さんと一緒に考えていく所存です。教育界を語る言葉は次々と変遷しますが、過去を記憶に留めつつ、これからの時代にどんな言葉で語るべきかを模索していきたいと思います」
塾団体を代表して公益社団法人全国学習塾協会専務理事・稲葉秀雄氏は、次のように話した。
「一団体で課題を解決するのが難しい時代に、昨年コンソーシアムを立ち上げて情報共有に取り組んでいます。昨今の〝ブラックバイト〟など雇用問題も、私たち業界全体のこととして議論していかなければなりません」
続いて、恒例のアイスブレイクタイムは、1グループ3人が自己紹介や質疑応答を行い、打ち解けたムードの中でコミュニケーションを深めた。
記念講演 中室牧子氏「教育に科学的根拠を」
中室氏の専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」だ。日本銀行や世界銀行の実務経験、産業構造審議会など政府の諮問会議でも有識者委員を務める。冒頭、中室氏は次のように問題提示した。
「有識者会議で教育を議論する際に最も語られる言葉は、『私の子どもの頃の教育は…』です。科学的根拠よりも有識者の主観が、日本の教育政策の方向性をリードするのは、避けなければならないのではないでしょうか」
その教育に効果はあるのか?
「ブッシュ政権下で可決された『落ちこぼれ防止法』は、アメリカの教育政策の大きな転換点となりました。この中では『教育に科学的根拠のある研究を』というワードが110回も繰り返され、『科学的根拠(エビデンス)なきものに予算なし』という姿勢が強調されています」
中室氏は、信頼性の高い科学的根拠を生み出す方法論として〝ランダム化比較試験〟を紹介し、教育効果の測定は世界中で〝実験〟が主流になりつつある中で、日本は研究が遅れていると指摘する。
「教育には倫理的に不可能な〝実験〟も確かにありますが、限られた財源と時間を何に投資すべきか、家計単位でも国家単位でも重要です。効果が得られなかった場合にも、比較考慮しながら次の施策に活かすべきです」
そして、中室氏は政治的な流行に最も振り回されやすい政策が教育ではないか、と語る。
「思想やアイデオロジーによって政策を決めるのではなく、次世代の子どもたちにとって一番得なことは何か、科学的根拠に基づくデータを国民に示していくことが求められているのではないでしょうか」
いま、日本はどのような教育に投資すべきか?
中室氏は3つのポイント『就学前教育』『教員の〝質〟』『人的資本の収益率』を挙げ、〝非認知能力〟をキーワードに教育投資について語り、次のように問題提起して締めくくった。
「日本では研究者が教育データにアクセスすることが難しい状況です。全国学力学習状況調査のデータも、分析のプロである研究者には示されておりません。1年間に50億円をかけて行われるこの調査は、国民の財産であり、より効果的な教育政策に還元していくべきです。また、教育業界は第三者による外部評価が定着していない点も指摘すべきだと考えています」
深める。中室先生のお話をお聴きして
教育評論家の小宮山博仁氏は、中室氏の講演を受けて次のように提言した。
「わずか2年で中室先生の著書『学力の経済学』は30万部のベストセラーになりました。これは、まさに世の中の注目度を表す数字です。経済学の大きな傾向を踏まえた上で、個別具体的に現場の教師が創意工夫して教育の質を高めていくべきであり、その両構えで捉えることが重要ではないでしょうか」
これを受けて、会場の参加者がグループごとに学びの成果発表が行われた。主な発言は、次の通り。
「〝非認知能力〟の観点から、中学入試において内申点も大切であると再認識した」
「教員は上位・下位2割ずつの成績を上げることに注力すべき、という意見が出た。また、人間力やコーディネイト力、集団の力を引き出すことが教師に求められていると実感した」
「成績の上げ幅こそが教師の付加価値である、という中室先生のお話の通り、一人ひとりの教師が自分の付加価値とは何かを問い続けていくことが、教育の質を向上していくと思う」
「あえて、統計は魔物であると申し上げます。自らの仮説に基づいて、都合よくデータを改ざんする場合もあるため注意が必要な場合もある」
「夏休みの宿題を計画的に進める生徒は学力が高い、という相関関係について共感した」
「教育現場では経験値を活かしつつ、外部の意見も柔軟かつ積極的に耳を傾けて新しい教育の方向性を探っていかなければならないと実感した」
グループ討論によってさらに理解が深まり、実りのある1日となった。熱気あふれる第1部に続き、第2部は懇親会が開かれ、各エリアの参加者が意見・情報交換を行った。
「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法
このセミナーの講師を務めた中室牧子氏も著者になっている書籍。
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