対談!
経済産業省 教育産業室長×(公社)全国学習塾協会 会長
第4次産業革命時代を生き抜くチカラを子どもたちへ
塾業界の監督省庁である経済産業省に「教育産業室」が設置され1年。同室長の浅野大介氏と公益社団法人全国学習塾協会会長の安藤大作氏に「産業」としての塾業界の未来、教育の未来について語ってもらった(敬称略)。
教育産業を軸とした教育イノベーションを起こす!
浅野 1年前、経済産業省サービス政策課の中に新たに「教育産業室」を設置しました。省庁がこういった「看板」を掲げるというのは「教育を政策としてしっかりやっていく、教育産業を軸とした教育イノベーションを起こしていく」という決意表明でもあります。
第4次産業革命といわれるこれからの時代はAIとビッグデータがキーワードになるでしょう。データが基盤であり、データこそが資本。その使い方次第で価値を生み出せるかどうか、AIを作り出してソリューションを作っていけるかどうかが富の分配を決めていくのです。人間の労働に求められる価値が変わり、単純労働はなくなります。各国はそれを理解しており、そのために教育を変えようとやっきになっています。中でも中国やアメリカ、イスラエル、シンガポール、韓国などは教育改革に向けてすでに走り出していますが、一方で日本はまだまだ理解が進んでいません。
そんな次代を生きていく子どもたちには「持っている知識を自分なりに編集し構築していく力」が必要となるでしょう。課題を定義し、他の課題との関連も探り、解決方法を編み出すためには様々な知識を編集しないといけません。ゼロから何かを生み出すまではいかなくとも、様々なソリューションになるものを自分で編集していく力がかなり重要になってくると思います。
私は役人ですので様々な社会問題と向き合っています。特に役所が向き合う社会問題はスケールが大きく、人事異動のたびに様々な社会問題に直面します。あるときはエネルギー、あるときは通商政策、海外との経済協力や中小企業対策。地方では全く違う問題と向き合うことになります。至るところに課題があり、「これが課題だ」と言われるものもあります。しかし、良い政策をつくるためには「これが本当に真の課題なのか?」と問い直すことが必要です。表面的な課題の裏に隠れている課題、隣接している課題との関係性が分からないと原因がわからないからです。肩凝りみたいなもので、そもそもの問いが正しく設定できているかどうか? から疑ってかかることも必要です。
私は今、仕事を楽しんでいます。リアルな課題が目の前にあり、それを解くためにしゃかりきになって調べ物をし、勉強して人に話を聞き、知識を編集して、あれこれ仮説を立てていく。学校ではやって来なかったことです。大人なり、社会人になってからそれらの力を身につけましたが、これを子どもの頃からやったらどうでしょう? 海外ではすでに実践されていますが、日本ではまだまだです。その力を付けるために「学び方、学びのあり方をどう変えたらいい?」というところに至ったのです。
「今向き合わないといけないテーマは?」「未来の車ってどうなるのかな?」「未来の農業ってどうなる?」など、自分たちの社会で何が起こっていて、それがどうして解決できないのか、まずは疑問に思うことからスタートすると思います。人間は自分が興味や関心をもったことに対する知識欲求が非常に高まります。知識を吸収するスピードも桁違いです。なぜ勉強しないといけないのか、それがわからないままだと、「勉強をさせらている」感が強いため、ギアが入らないのです。もちろん、筋トレ的な勉強も必要だとは思います。
「これは筋トレだから」と割り切るのも時には必要だと思います。ただ、その筋トレ的勉強もAIによるデータ分析等で各個人に合わせ「短時間で効率よく」できる方法を提示していければもっといいと思います。
安藤 私たちは公益法人ですから、何かをするにおいてもまずは「大義」が必要です。「この激変していく時代、10年、20年先の未来を子どもたちが幸せに生きていけるように、私たちがしっかりと送り出す」ことがその大義に当たると考えています。そのため、より一層の力を発揮していかなければならない時期に来ているのです。
従来のビジネスモデルだけにとらわれず、視野を広く持った人が集まり、その熱量を渦にしていくことも必要であると考えています。塾は変容の時を迎え、企業間の格差も生じてくるでしょう。ただ、皆が皆、一様に変わらなければならないということもありません。公益社団だからこそ、そのあたりも慮らなければなりません。
教育産業室に浅野さんが来て、フランクに意見交換できる現在の環境は授かり物だと思っています。それをどうするかは私たち塾業界の度量にかかっているのです。自社のことと併せて子どもたちの教育環境全体のことも、子どもたちを想う愛の力で今、 やるしかありません。それが様々な方面から期待され、問われているように思います。
補助金を活用したICT活用を!
浅野 教育改革で学習指導要領は大きく変わりました。学校が大きく変わるという議論は聞きますが、塾がどう変わるかという議論を聞いたことがありません。「もっと良い学び方を提供します!」という声がないのです。学習塾を含む民間教育から学び方を変えて欲しいと思います。
塾業界を見渡すと、衛星予備校やスマホで見られる講義、AI型のドリル教材、そこにプログラミングのソフトが生まれ、ロボット教室が生まれ、道具としての「EdTech」は出てきましたが、サービスにまで広がりきってはいません。
安藤 これらも確かに塾はやらなければならないと思っています。公益法人の会長としてではなく、これはあくまで個人の意見ですが、学校は「聞き分けの良い子を量産する」ことを目的に教育を実施していると言えます。かつての社会が、それを求めたからです。しかし、これからの社会はそうではありません。塾が変わるためには入試が変わるか、保護者の価値観が変わるか、そのどちらか、もしくは両方が必要ですが、実際の保護者も変わり始めてきています。
浅野 ただ、EdTechに対し抵抗を持つ保護者も一定数いることは確かです。一気にすべてを変えるのは難しいでしょうし、変われるところから変わっていけばいいでしょう。
アプリや動画配信で提供される授業はかなり質の高いものが増えていますから「学校よりもうまく教えられます」という塾は存在価値がなくなっていくでしょうね。といっても、受験対策のニーズはなくならないと思います。大学へは行った方がいいと思うので、だったら両立すればいいのです。
少し話は変わりますが、私が通った塾は「最小努力、最小知識で東大へ」をモットーにしていました。英語なら分からない単語は類推する、歴史も用語集なんて不要で教科書のみ。教科書に書かれている知識は通説ですから、対向説としてどういう議論がされているのかを理解するといった講義をひたすらやっていました。東大の入試にはその学会の動向が反映されるので、出題も学会での論点だったりします。入試で出てきた資料も教科書とはちょっと違い、その解釈のズレをわかって解答を書くのは面白かったです。大学進学を考えるのなら「いかに効率よく行けるか」を追究した方がいいし、その一方で、のびのびと自ら没頭できるプロジェクトにたくさん出会わせてあげたいと思います。
安藤 学びの自由化は必須だと思います。子どものことを考えると、筋トレ的勉強は短時間で効率よくするべきなのは賛成です。今は労働力が不足しており、特に業界では講師不足が顕著です。ICTの活用で、教務的にも労働力不足や授業の質のバラツキがカバーできますので、どんどん導入するべきです。子どもたちのモチベーションアップやメンタル面のフォローなど、人が介在するべきところは必ず残りますからそこに人材を投入することで生産性も上がるでしょうね。経産省が実施しているIT導入補助金制度ももっと利用して欲しいです。
浅野 現在の支援金額だと本当に塾をサポートできるようなシステムが入れられないと思います。補助金制度は継続しますので、今後、もう少し上限額を増やして使いやすくしていきたいと思っています。塾業界は全体的に低賃金です。経産省としては給与を上げる方向に持って行きたいので「人を雇うのは高い」という世界を実現したいのです。
安藤 バックヤードの部分だけでなく、教務面でのIT導入も補助金対象事業となることがあまり知られていないようです。ICT導入を「他塾との差別化」と考えている塾も多いようですが、生産性向上といった公益性の面でももっと活用すべきで、これについては協会側ももっとPRしていくべきと考えています。
塾経営者も表舞台でどんどん発言すべし!
浅野 経団連が就活ルールを撤廃しましたが「会社が期待していること」ではなく「社会が求めていること」に敏感になって欲しいです。ソフトバンクとトヨタが組んだことは「自動車産業」という産業がなくなり「モビリティ産業」へと変化していることを象徴しています。そこでどういう収益を上げるか、どんなサービスを提供していくのかという世界です。「トヨタに行けば安泰だ」という世界ではなくなっています。自分でどうサバイブするか? 子どもの頃から考える習慣を身につけた人が求められる。世界はそんな方向へ向かっています。
戦後の教育を支えたのは間違いなく塾であり、これは揺るぎない事実です。日本のPISSAが高得点だからと文科省が喜ぶのはお門違いと思うほど。中教審の委員も3分の1は塾経営者でないとおかしいと思っています。ただ、時代が変わってしまいました。これまでの成功体験が子どもたちの可能性を潰すことになります。「学校にできないことを俺たちがやる!」という覚悟と矜持を見せて欲しいです。塾業界にはいわゆるスター社長やスター塾長がいません。塾経営者がもっと社会で、メディアで、教育について発言、発信して欲しいです。これまでの教育を支えてきたのは塾ですから、もっと言ってもいいはずです。
安藤 今年の10月、全国学習塾協会が事務局となり、ピアノやスイミング、語学教育等、子どもの習い事の各種団体らと民間教育団体連絡協議会を設立しました。この国の子どもたちを支えていくには学校だけでなく民間教育が、学校のフォロワーというだけでなく表舞台でも活躍していかなければなりません。そのために民間教育に携わる者が全体で動けるよう取り組んでいるところです。
浅野 私たちが行っている実証事業では、異業種同士で様々なプロジェクトが生まれています。AIとビッグデータを組み合わせ、新たな付加価値を生み出す一助になるようなものなど、いずれも未来を見据えてのものです。
子どもたちには「勉強の先にあるもの、これからの未来」を見せないと自ら動きません。「課題を見つけて解決する」のは社会の中で価値を生み出すためです。教育側では課題は出すけれど、社会の中で価値を見出すところまでは見えていないではないかと思います。本来、業界団体というのは政府に政策を提言する役割があります。「教育はこうあるべき、ビジネスとしての良質な教育サービスを自分たちが世の中隅々まで広げるために政策、制度はこうあるべき」とひたすら訴えていくその器量が必要です。民間教育団体連絡協議会はそういう場であったいただきたいです。民間教育団体のエゴを言ってもらっても構いません。ただのエゴは通りませんが、公益とエゴを絶妙なバランスで政策提言していく機能、政治的に実現していくだけの実力を民間教育業界が持って欲しいと思います。それを私たちが応援するという関係でありたいです。
安藤 発信をすればするほど賛否も出てきますが、「教育は誰のためにあるのか」というところに立ち返り、政策提言をしていきます。これまで世の中のニーズに応じる形で業界は発展してきました。今後はニーズをつくっていく、次のステージに上がるという意識でそのムードを醸成していくのも協会の役割だと思っています。民間教育が表舞台で声を発する機会を得てきたので、存分に力を発揮していきたいと考えています。
安藤大作 氏
公益社団法人 全国学習塾協会会長
株式会社Believe 代表取締役 / 安藤塾 塾長
1991 年三重県伊勢市にて安藤塾を開塾。
人間性を重んじる教育が地域から支持され、現在は十数校舎、千数百名の生徒を有する県下トップクラスの塾グループとなった。学習塾をはじめ、保育園、海外留学、学童保育、人間塾、サッカークラブなど様々な教育活動を展開している。