私塾ネット 第17回 全国塾長・職員研修大会 木下晴弘氏が記念講演「想いを深める〜未来につながる授業術〜」
全日本私塾教育ネットワーク(以下、私塾ネット)による第17回「全国塾長・職員研修大会」(以下、研修大会)が4月21日(日)、ホテル東京ガーデンパレス(東京都文京区)で開催された。
講演したのは(株)アビリティトレーニング代表取締役の木下晴弘氏。塾講師として灘を始めとする超難関校に多くの生徒を送り出した木下氏の指導法は、生徒や保護者から絶大な指示を得てきた。現在、そのセミナー受講者は33万人を超える人気だ。
目に見える現象ではなく目に見えない本質を見抜くこと
「木下先生は、生徒の五感に訴え、生徒が自ら未来を切り拓いていける授業をやり続けてきた方です。私塾ネットは来年で20周年を迎えます。19年目のこの研修大会を良い思い出にするとともに、今後、こうした意義のある研修会を数多く開催していきたいと思っております」と主催者を代表して私塾ネットセンター理事長の仲野十和田氏が挨拶した。続いて東京私立中学高等学校協会副会長で東京女子学園中学高等学校理事長・校長の實吉幹夫氏、公益社団法人全国学習塾協会副会長の山下典男氏の2名による来賓の祝辞。次に各エリアの代表者が一言述べた後、木下晴弘氏の記念講演が幕を開けた。
木下氏はまず、目に見える現象ではなく、目に見えない本質を見抜くことが大切であると語った。例えば、塾に寄せられるクレーム。これは現象であり、対応だけに追われていては解決には至らない。クレームを生み出す風土こそ本質であり、これを改善する必要性があると力説した。そして、これらの視点を持った上で今日の講演を聞いていただきたいと述べた。
内発がかかるとモチベーションは半永久的なパッションになる
「やる気には3種類あります。テンション、モチベーション、パッションです。そして、モチベーションは内発と外発の2つに分かれています。
お小遣いを上げてもらえる、ゲームソフトを買ってもらえる、褒められるといったことで外発がかかります。一方、内発は学んだり社会に貢献したりする喜びに気づくことでかかります。これらは目に見えない本質です。外発は一時的なものですが、内発がかかると半永久的なパッションになります。お金やゲームソフトは目に見える現象です。外発はかけやすいため、私たちは安易に頼りがちです。しかし、現象ばかり追いかけると、子どもはお小遣いのために勉強するようになり、勉強が持っている本質を見失ってしまいがちです。子どもにいかに内発をかけるか、これが先生の仕事といえます」
木下氏は塾の講師時代に内発をかける指導法を試行錯誤の上に構築。灘中・灘高に12年間連続合格トップという実績を残した。
「内発をどうやってかけたか? 『〝なぜ”を繰り返す』『究極の条件設定を行う』の2つに頼りました。これらを行うと人は本質に辿り着くのです。面談で『うちの子に勉強してほしい』という保護者に『なぜ、勉強してほしいのですか?』と聞きます。『いい学校に入ってほしいから』という保護者に『なぜ、いい学校に入ってほしいのですか?』とまた聞きます。
このように相手に何度も『なぜ?』と問いかけていくと最後に保護者の答えは全員一致します。『幸せになってほしいから』と答えるのです。目に見える成績向上や志望校合格は現象に過ぎず、目に見えない幸せが本質なのです」
授業の中で感動を生み出すパラダイムシフトを
内発につながるキーワードであると木下氏は述べた。「感動」だ。感動を生み出す方程式がパラダイムシフトである。
「無意味だと思ったものに意味があることがわかったり、複雑だと思ったものが単純化されたり、見えないと思ったものが見えたりした時、その人の持っている固定概念や既成概念がガラッと音を立てて崩れます。そして『ああ、そうだったのか!』という心の叫びが起こり、感動に至るのです」
木下氏はその例を紹介した。まず「赤心慶福」という四字熟語。「赤ちゃんのような汚れない心で、他人の幸せを喜ぶ」という意味だ。この四文字の最初と最後の文字をとって名付けられたのが、伊勢名物の和菓子・赤福だという。これは意味がないと思ったものに意味があると分かる例だ。
続いて、国際宅配便のFedEx(フェデックス)のロゴマーク。よく見ると「E」と「x」の間に白い矢印がある。荷物がスピーディーに目的地に届くというイメージを打ち出すためにデザインされたのだ。これは見えないものが見えるようになる例である。
「一度、体験したパラダイムシフトは強力な力で人を支配します。授業でパラダイムシフトをやってあげてください。生徒に最初に受けた授業を『面白い!』と思わせれば、先生も含めて生徒の人生も変わります。チャイムが鳴って、『先生、もう授業終わりなの?』という反応があったら、パラダイムシフトが起きた証拠です」
たとえ話を入れることで生徒に想いが届くことも
木下氏は「小さなパラダイムシフトを積み重ねていくと大きな力を持ち、強力な地場を発生させる」と述べ、こんな成功例を語った。模擬試験の結果が思わしくなく、落ち込んでいる生徒がいた時のやりとりである。
「私はこう生徒に語りかけます。『沈んだ気持を元気にする方法を知ってるか?朝起きたら、大きな声で自分にとってプラスになることを10回、口にするんだ。行ける! 大丈夫! 受かる! 間違いない! 俺ならできる!…。 こうやって10回叫ぶんだ。9回ではまったく効果がないぞ』。しつこく続けると『先生、なんで10回なんですか?』と聞く生徒が必ず出てきます。そうしたら、こう答えるのです。『志望校合格の夢を叶えたいと思わないのか? 叶うって字は口に十って書いてあるだろう。でも、10回と何度も言っているのに、間違えて11回叫ぶ生徒がいるんだ。最悪のことが起きるぞ。口に十一で吐くぞ』
この話が終わる頃には、多くの生徒が暗い気持ちから解き放たれて笑顔になっています。
パラダイムシフトを発生させるには、間合いや順序が重要で準備が必要ですが、今日からすぐにできるパラダイムシフトがあります。最低1回はたとえ話を入れることです。たとえば、悩んでいる生徒に『悩み事はいつまでも続くわけないのだから気にするな』と慰めても効果はあまり期待できません。しかし、最後にこう付け加えたらどうでしょう。『悩み事はいつまでも続くわけないのだから気にするな。歴史上、やまなかった雨はないんだよ』。先生の想いは生徒の心にはきっと届くはずです」
記念講演はこうして幕を閉じた。質疑応答のあとは「深める。『木下晴弘先生のお話をお聴きして』」へ。数人でグループをつくり、意見交換して代表者が結果を会場全員の前で発表した。最後に私塾ネット副会長の鈴木正之氏は次のように謝辞を述べた。
「木下先生のお話をうかがって思い出した出来事があります。都立高校の受験の前日、保護者から電話がありました。
『こんなにうちの子が勉強した姿を見たことがありません』と泣いていたのです。これは目に見えない感動です。私たちが目指すのは生徒が胸を張って『これだけ頑張ったんだ』と言える塾だと改めて思いました」