海外留学・英語教育・オンライン教育・STEM教育をテーマに意見交換会
オーストラリア・クイーンズランド州 政府駐日事務所 × 日本青少年育成協会
(一社)日本青少年育成協会(増澤空会長)は、クイーンズランド州政府駐日事務所からオファーを受け、学習塾関係者との意見交会を開いた。
クイーンズランド州政府駐日代表・安達健氏と上席商務官・田村杏奴氏、同協会から理事・木村剛氏(KEC株式会社 代表取締役社長)と同会員・横田保美氏(株式会社スタディラボ 取締役)が参加し、日本の英語教育の現状や留学の意義と課題などをテーマに活発な議論を繰り広げた(敬称略)。
早期英語教育のニーズ急増 留学は費用面がネックに
安達 クイーンズランド州政府駐日事務所は、直接投資の誘致および対日貿易の支援を行う州政府の出先機関です。留学は日豪関係のコアな部分を占める一大産業であり、本日はグローバル教育やSTEM教育などトピカルなテーマについてお話しできることを楽しみにしてまいりました。
田村 留学の選択肢は大学進学だけではなく、年齢は小学生から期間は1週間からなど多岐にわたります。教育担当官として特にコロナ禍においては、オンライン留学のプロモーションに力を注いできました。
横田 スタディラボでは全国の学習塾に向けてオンライン英会話を軸に、EdTech分野でBtoBtoCサービスを提供しています。オンライン化が急速に進み、逆風と追い風が混沌とする中で創業6年を迎えました。
木村 KECグループは1974年の創業時から「世界で活躍できる人材を育成する」をモットーに掲げてきました。現在は塾や予備校を母体としながら、社会人向け英会話や企業の英語研修、日本語教師の養成、通訳養成講座なども展開しています。
今回の意見交換会の直前に、生徒たちに「1年以上の長期海外留学をしたいか」とアンケートを実施しました。結果は「したい・とてもしたい」16%、「少ししたい」27%、「思わない・ほぼ思わない」が57%です。定期テストの英語の成績が40点を割る生徒は「したい・とてもしたい」がゼロで、英語の成績との相関関係も見えてきました。
率直に申し上げますと、格差社会が広がる状況下で教育業界において〝すべての人のための教育〟は通用しません。留学という選択肢はターゲットが絞り込まれると思います。
安達 おっしゃる通り、経済格差や情報格差広がる中で海外における賃金上昇に伴い、留学のコストも高くなっています。日本の私学と比べても、留学は費用面のハードルを克服するチャレンジが必要です。
木村 毎年、高校3年生600~700人の中で海外の大学を受験する生徒は2名程度ですが、国内の大学を卒業後に海外の大学院に進学するケースは一定数おります。一方で、「オールイングリッシュ」の幼稚園や保育園が増加し、英語を学ぶ小学生の数は少なくとも教科化以前から倍増しています。早期の英語教育の必要性が格段に高まっていると思います。
横田 確かに、幼児から小学校低学年の段階で英語を学ばせたいなど、早期の基礎教育に対する保護者のニーズが変化を遂げつつあります。英語教育同様に最近人気が高まっているのが、低学年のプログラミング教育です。
留学の意義とオンライン教育の可能性
田村 昨夏あたりから「今年度中の短期留学を諦めてオンラインに切り替えたい」という私立高校からのお問い合わせが急増しました。クイーンズランド州は日本との時差がわずか1時間ですから、オンライン教育も非常に親和性が高いと思います。コロナ禍が明けて渡航が実現した際に「この人に会いたい・こんな体験をしたい」とテーマを持って留学できるようなプログラムをご提案したいと考えています。
横田 音声認識や文字認識、AI技術が進化を遂げる中で、同時性の高いコュニケーションツールとしてAIが翻訳によるタイムラグを克服できれば、英語教育の状況はさらに変わっていくかもしれません。スタディラボではオンライン教育の次はVRによる英語教育が主役になると見据え、新たな取り組みを始めています。
木村 自己課題解決型の留学ならVRなどで解決可能かもしれませんが、やはり現地で本物を学ばなければコンテンツユーザーから抜け出せず、本物を知ってこそコンテンツメーカーやコンテンツプロデューサーとしてバーチャルの世界を提供する側にまわることができます。一方で、高校生たちには海外への憧れもあり、コロナ禍の終息後は留学希望者が増える可能性もあります。保護者に対していかに「我が子に本物を見て感じてほしい」と思わせるかが焦点になるのではないでしょうか。
安達 オーストラリアやアメリカ、イギリスなどダイバーシティ先進国に留学する最大のメリットは、様々な価値観を持つ人たちと違和感なく議論し、一緒に問題解決をすることです。そこにVRやメタバースが加わったとき、「留学」という古めかしい言葉がどのように変化していくのか、私自身も非常に興味があります。
横田 リモートワークにおける通常のコミュニケーションは、同時翻訳を使えば支障がありません。では、共通言語でなければ得られないものは何かといえば〝インスピレーション〟です。その意味で、SDGsなどのテーマで協同研究や意見交換する学びが非常に魅力的です。文科省や経産省が推進する教育が実効性を持つようになれば、学習塾としてももっとアプローチしやすくなると思います。
安達 ひと昔前の留学の目的は〝英語を話すこと〟でしたが、昨今はコンテンツの中身が求められています。同州は再生エネルギーや環境問題への取り組みが盛んであることから、SDGsやSTEMに関連したトピックなど、時流に合った需要性の高い領域に強みを持つ留学先を提案しています。
田村 昨今は、インスピレーションや刺激を子どもたちに与えたい、オンラインで海外の学生と一緒に取り組みたいというご要望が多く寄せられます。〝ちょっと話しかけてみる勇気〟やサービスプロバイダーではない“ 同世代との草の根的な交流経験” をオンラインで増やしていくことで、留学のメリットをお伝えしていきたいと思っています。
女子学生に対するSTEM教育も推進
安達 コロナ禍以前にTGG(東京グローバルゲートウェイ)において、東京都と共同開発した「クイーンズランドクラスルーム」プログラムでは、オーストラリアから来日したSTEMの先生が数学や化学など理系のクラスを担当しました。インタラクティブなこのプログラムのオンライン版も開発していきたいと考えています。
木村 ご存じの通り、日本では全体的に理系離れが進んでいることが課題です。
横田 オーストラリアの理工系教育は非常に魅力的でありながら、まだ語学中心の留学先というイメージが強いと感じます。サイエンスやテクノロジーを学べば世界で勝負できるということ自体が、一般的にあまり知られていないのが現状です。
安達 オーストラリアでは文系・理系の垣根がほとんどありません。理工系の就職において特殊なスキルが重要であることを州政府も強く認識し、中長期的な視野で新しい産業の人材育成を重視しています。STEM教育は難解なイメージがあるかもしれませんが、小学生にも理系のサブジェクトに興味を持ってもらえるような取り組みを行っています。
また、クイーンズランド州では女子学生に対するSTEM教育も推進しています。実際、鉱山現場でもヘルメットをかぶった女性がエンジニア幹部や専門家として、またエネルギー関連企業の社長として活躍しています。
木村 労働人口が減少する中で女性の活躍は必須です。個人的には、女性の割合が何%を占めるべきだとか、女性活躍のためのプロジェクト自体が的外れです。すでにそんな時代ではありません。STEM教育やプログラミング教育をきっかけに、日本の企業でももっと女性が活躍すべきだと感じています。
田村 クイーンズランド州への留学生は7割ほどが女子学生です。留学を経験した優秀な女子学生が帰国せず、そのまま現地で就職するケースもあります。日本側から見れば、この人材流出に関する対応も課題となると捉えています。
大学のビジネスモデル人材確保戦略としての留学
安達 日本の企業は脱炭素化の潮流の中で急激に変わろうとしています。グリーン水素による新しいエネルギー産業の振興に伴い、クイーンズランド州内の大学や高校、専門学校がその受け皿を作ろうと、グリーン水素関連の学部を創設する動きもあります。日本の企業からも、人材研修や人材採用の面で注目されています。
オーストラリアにおいて留学は〝教育産業〟であり、KPIやコスト感覚も求められます。州内の大学では抜本的な再編・統合、人員カットを行い、学生のアンテナに引っかかるキャッチーな学部の創設に力を注いでいます。
留学生の戦略的な獲得やビジネスの現場で研究成果のリターンを得るなど、実社会で大学が儲かるビジネスモデルの構築は、ある意味ベンチャービジネス的な発想になってきています。
田村 クイーンズランド州では海外から優秀な人材を集めるとともに、留学生たちの〝頭脳の流動性〟をとどめる取り組みにも力を入れ、州内の企業への貢献という面で重視されています。
安達 まさに「人材確保戦略としての留学」という位置づけです。オーストラリア発のスタートアップ企業を生み出し、国が豊かになって一巡するという戦略的な発想に変わりゆく岐路に立っていると思います。
横田 本格的に始まる「総合的な学習」や「情報教育」をテーマに掲げて、日本の学校にアプローチされるとよいのではないでしょうか。コミュニケーションや多様性の理解も含めた「総合的な学習」のプログラムは、学校側も取り組みやすいと感じます。また、魅力的なSTEM教育のプログラムは、全国の学習塾にオンライン教育として提供することも可能だと思います。
安達 私がメンバーとして参加している東京都教育委員会の「東京グローバル人材育成指針検討委員」諮問委員会では、クイーンズランド州と教育分野で連携し、モデル校に対して探求型教育に重点を置いた「東京イングリッシュチャンネル」というコンテンツの提供を検討しています。
留学の受け入れ皿として、教育業界における留学の位置づけやいかに日本のニーズに与していくか、様々なヒントや課題をご提示いただきました。本日はありがとうございました。
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オーストラリア クィーンズランド州政府 駐日事務所
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