AJC(全国学習塾協同組合)森貞孝理事長の最新教育情報 第62回
中国の双減政策の背景とは?
昨年7月に中国は学習塾の規制に踏み切った。学習塾はすべて非営利活動法人に移す。新規の設立は認めないという衝撃的な内容だった。その後状況はどうなったか。
規制に踏み切ったあと、8月9月、学習塾は混乱を極めた。数十万円を前払いした親が返還を求めて経営者が雲隠れした教室に殺到。引き続きこっそり生徒を集めた授業中の教室は次々に摘発されて、教師が引きずり出され、即刻閉鎖などの処置が続いた。塾は強制的に非営利活動法人化され、なおかつ授業料は各地域の省が決め、収益を上げることはできなくなった。何とか生き延びようといろいろ工夫して、ピアノ教室として募集し、ピアノを前にして勉強を教える。イベントを企画して中身は進学指導をやったりする闇塾も摘発されていった。
アメリカのナスダックに株式を上場していた大手の塾は、株式会社として存続が不可能になり、株価が10分の1程度に急落して、業態を変え、最大手の新東方は6万人を解雇、授業料返還や退職者への補償など3000億円以上を支出した。
営利目的の塾の活動が禁止され、宿題量の制限を行うこの双減政策は中国版ゆとり教育といわれたが、政府の目的は全く違うところにあるようだ。
その後も名門大学へは狭き門が続いている。合格すればその地域では英雄としてお祭り騒ぎをしている。長い科挙の伝統があり、大騒ぎをすることは今も変わらない。
ただ双減政策の背景は当初から言われていた少子化対策と、大学卒業生の就職難、ブルーカラーの求人難などの労働のアンバランスなどがあるようだ。
一昨年中国の出生数は1000万人に落ち込んだ。人口12億人の中で1000万人は、日本の1億2000万人の人口で出生数が100万人を切ったのと同様で政府にショックを与えた。
子どもをつくらない理由の一つとして生活が厳しい、子どもの教育費がうなぎのぼりで二人も三人もの子どもを産むと生活が成り立たない状況は日本と同じだ。と同時に激しい受験戦争でいい大学を目指して競い合い、大学の卒業生が急増した。そして激しい受験戦争を勝ち抜いてきて大学を卒業した学生たちはそれなりの職業に就職しようとして厳しい就職難に直面している。
一方で中国においては受験戦争の落ちこぼれの人たちが工場や商店で働くという階級格差の意識が強く、ブルーカラーの地位に落ちることを断固として拒否する風潮がある。ブルーカラーの人手不足が深刻で大学での仕事に就けない層とのアンバランスが大きな問題になっている。
家庭における教育費の異常な高さの是正と労働力のほどよいバランスを目指し、さらに少子化の是正も含めての双減政策とみるのが妥当ではないのか。
今中国では受験生は高くてもいいからと、いい家庭教師を求めて走り回っている。家庭教師に毎月何十万と払える家庭はそうそうない。体育も試験科目に取り入れられることになるという話で、運動の塾が次々にできている。学習指導と宿題を抑えて始まった双減政策は、むしろ大学入試や海外留学を目指す層には負担がさらに大きくなってのしかかってきている。
名門大学を目指す動きはなくなることはない。中国政府は少子化対策と苛酷な受験競争の落としどころとして、どのような名案を持っているのだろうか。